うどん屋転じてたまごとなる:のらのわ耕舎のたまごづくり



のらのわ耕舎さんは、奈良県明日香村でたまごをメインに農をいとなむ生産者さんである。もともとたまごだけを目的に生産をはじめたのではなかったが、いまはたまごが生業の多くを占めている「たまご屋さん」だ。明日香村でも近鉄飛鳥駅からほど近くにある鶏舎を見学に訪れると、のらのわさんは、ちょうど出荷準備の真最中。作業場で鶏舎から集めてきたたまごを箱詰めする作業を行っていた。ひとつひとつ、たまごを乾いた布で拭いてほこりや汚れを取り、指で軽くたたいて、割れがないか確認する。殻の表面のクチクラ層を残すために水では洗わない。大規模な養鶏場では、次亜塩素酸につけて紫外線で消毒をするそうだが、食べ物に次亜塩素酸や紫外線と聞くのは、いくら食べるのにほとんど影響はないと言われても、あまりいい気持はしないものだ。少しずつ大きさの違うたまごを大きさが揃うようにケースにおさめて準備が完了したところで、早速鶏舎を見せてもらう。

出荷の準備をする作業場にて。左側の小さい方が若い鶏の産んだ卵。サイズが小ぶりで、殻が固い。右が成熟した鶏の卵。サイズが大きくなり殻が薄くなる。

鶏舎の入口に近づくと、人間が来たと思ってニワトリたちがざわつきはじめた。通路の方によって来て、バタバタと騒いでいる。鶏舎は真ん中に通路があって、両側が各部屋に分かれた作りで、ひとつの部屋に60羽ほどが平飼いされている。おおよそ1坪に7.5羽の計算になっていて、生育環境は良好だ。



部屋の中でばたばた騒いでいるニワトリは茶色で、ボリス・ブラウンという日本でもっともポピュラーな品種である。性格もおとなしく、飼いやすいという。ニワトリの前に手を伸ばすととりあえず「食べ物かもしれない」と思ってつついてくるが、くちばしの先を切ってあるので痛くない。バタバタと落ち着かないニワトリをつかんで背中を撫でると、ツヤツヤと毛並みが良く、さわりごこちが良い。ちなみにトリというのはイヌやネコと違って撫でられても嬉しいとかそういうことはないらしい。鶏舎のなかでザワザワと動いているトリたちは見るからに健康そうで、良いたまごを産みそうというよりも、こころなしか「うまそう」に見える。

いちばん若い鶏たち。まだ鶏冠も小さく、人が近づいてもキョトンとしている。

各部屋に入っているニワトリは2ヶ月の月齢差。いちばん若い部屋が2ヶ月と少しで、まだトサカも小さい子供達だ。トサカというのは生殖器の象徴なので、成長具合で成熟度が分かるという。2ヶ月、2ヶ月、2ヶ月、と部屋ごとに2ヶ月ずつ年上になり、いまいちばん年長組が400日ぐらい。2ヶ月に1度1部屋つぶして、新しいニワトリを仕入れ、ぐるぐるまわす仕組みをとっている。つぶした鶏は業者さんで食肉用にパックしてもらって販売する。また、新しく入ってくる鶏はたまごのためなので当然メスだが、孵卵場で産まれるヒヨコは、もちろんオスとメスが半々だ。孵化場には雌雄を見分ける達人がいて、雌は出荷されるが雄は堆肥(!)になるという。「そういう食の現実もぼくたちが伝えていかないとあかんことだと思ってます」とのらのわさん。

鶏はストレスに弱い生き物で、ストレスがかかると「ツツキ」と言って弱いものいじめがはじまることがある。あまり酷くなると死んでしまうこともあるので、保護された鶏。

家畜を前提とした農業がしたい、と農業をはじめて丸五年。のらのわ耕舎さんこと、中村さんの経歴はちょっと変わっている。明日香村に就農したのが2011年。就農する前職は、造園会社のお勤めだった。建築を勉強したいと入った大学で、庭に興味を持ったのだという。「家」が構造的に外部に対して閉ざされた空間でしかあり得ないのに対し、「庭」は家の内部と外部をつなぐ唯一の空間として、外に向かって開かれた場を形作る。そうした機能を持ちうる唯一の空間である「庭」に関心を持ち職についた。

しかし、造園会社で7年働いたところで会社を辞めて「うどん屋をしたい!」と一念発起。しかし、子供がいたこともあって周囲は大反対。そこで、うどん屋をするんだったら、うどんの小麦や野菜も、オーガニックで自分たちで用意しよう、というところから農業に、オーガニックな農業をする上で肥料の問題を考えると、肥料も自分たちで作りたい、というところから家畜→養鶏。そしていまはたまごを主ななりわいとするたまご屋さんとなるに到る。

当初は「あくまでうどん屋のための農業だ」と自分に言い聞かせていた部分もあったというが、いまは自分のしていることに十分納得しているというのらのわさん。うどん屋の目標からまわりまわってたまごにつながる縁はふしぎだ。そして、家畜を前提として農業をしたいという希望が唯一受け入れられたのが、ここ明日香の土地だった。
家畜を前提に農業をはじめるのは、現実問題として非常にハードルが高い、とのらのわさんは言う。それが、ここ明日香では若手農家を積極的に支援してくれていることもあって、はじめられたのはラッキーでした、と。


のらのわさんがつくるたまごは、ふつうによく見るたまごよりも黄身が黄色い。一般的に多いのはオレンジに近い色だが、のらのわさんのたまごは淡くて薄い、綺麗なレモンクリーム色だ。それを見ると「わっ黄色い!」と思ってしまうが、レモンイエロー色のたまごは、戦前までの日本人がふつうに見ていたたまごだった。


実はたまごの黄身というのは、与える飼料でどうとでも色を変えることのできる代物だ。白でも、黒でも、緑でも、青でも、赤でも、着色剤をエサに入れれば何色にも変えられる。いまよく見かけるオレンジ色は、トウモロコシを中心に飼料を与えた結果だ。戦前までは薄い黄色が当たり前だった日本人は、戦後トウモロコシを中心に与えられたオレンジ色のたまごを見て、180度価値観を転換する。メーカーの消費者教育、あるいは刷り込みも手伝って、黄身の色が濃ければ濃いほど味が良く、栄養価の高いたまごだと思い込むようになる。しかし実際には、黄身の色と味・栄養価に関係はない。それどころか、ある程度以上の発色をさせるには、自然のものでは限界があり、合成着色料やあまりよくないものの力に頼る必要があり、むしろ安全面ですぐれているとはいいがたい。

また、人間というのは賢いもので、黄身がプクリと盛り上がったたまごも、ひとの力で作ることが出来るという。プリンと盛り上がったたまごの方が美味しそうに見えるという消費者心理を狙ったものであるが、そのからくりはエサに混ぜる油にある。たまごというのは成分のほとんどが水からなるため、油と混ざらず、プクリと黄身の盛り上がる仕組みになっているのだそうだ。しかし、油の混ざったたまごは、見た目はよくても口にすると油分が舌に障る。

たまごというのはそんなふうに、色素や油や、与えたものの影響がダイレクトに現れるのだと思うと、ポストハーベストや添加物、病気よけの薬物や抗生物質の影響を、考えずにはいられない。「たまごはほかの食べ物より安かろう悪かろうが出やすいので、あんまり安いものはどうなのかな、と実際のところ思っちゃいます」とのらのわさん。

鶏舎の床にはもみがらが撒かれており、これがのらのわさんの本来の目的であった鶏糞肥料をつくるための土壌である。もみがらによって鶏の糞尿が分解され、問題がなければ、においもほとんどしないという。一年に一回、このもみがらを集めて発酵させれば、良質な鶏糞堆肥の出来上がり。オーガニックの農業で鶏糞肥料というと、ポストハーベストの問題もあって、敬遠されることも少なくないが、実際は安心安全な飼料で育てた鶏の鶏糞は最高の堆肥である。「これで野菜を作ればぜったいに美味いのが出来ますよ」とのらのわさんは胸を張る。逆にいうと、鶏は70%を未消化で排泄するとも言われるので、どれだけ良質な飼料が用意出来るのかが重要な問題だ。



そのためのらのわさんは、飼料屋さんからポストハーベストフリーの完全配合飼料を買うのでなく、自分で安心・安全な材料を仕入れ、配合も行ったオリジナルの飼料を作っている。入っているのは、くず米、季節の刈草(冬は牧草)、小麦、明日香の腐葉土など、どれも国産の安全なものばかりだ。外国産のものも一部あるが、ポストハーベストフリーを確認した安心安全なものである。そうした素材をのらのわさんの配合でブレンドし、撹拌して、発酵させて飼料をつくる。季節によって多少変わるが、2日に1度仕込み、発酵に2日というスケジュールだ。それはいまの羽数だから出来ているけれど、これが1000羽になったらとても出来ない、とのらのわさん。

ただ、今後、飼料屋さんから飼料を仕入れるやり方で続けて行くのは難しいのではないか、とものらのわさんは言う。きっかけとなったのは東北の震災に続く一連の原発事故。放射能汚染の問題以降、国内の物流はまったく変わってしまったという。たとえば国産のくず米は、大手製菓メーカーが東北米の使用を止め仕入れ先を変えるなどで、これまで手に入っていたものの価格が急騰したり、在庫がなくなったり、まったく安定しなくなってしまった。「本当は宮城産のものが良かったんですが」というカキ殻も、海洋の放射能汚染を考えると止めざるを得ない状況だ。

のらのわさんはいま、飼料につかう材料を知り合いのつてを辿って、安心で安価なものを探している。そういうやり方は想像がつくように、とてもしんどい、という。ただ、いまはしんどくても、そうやっていかないと続けていくのは難しいだろうとも考えている。「これからは、ぼくたちはたまごを通じて自己表現をしていかないと続けていくのは難しいんだろうと思います」
考えるたまご屋さんのはじまりだ。



のらのわ耕舎さんの鶏舎。奈良県高市郡明日香村にて。

のらのわ耕舎:ブログ「のらのわ耕舎の鶏と野菜の良い関係」
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